教科書にないアドベンチャー
統合自然科学科の前身である基礎科学科を卒業して早11年が経ちましたが、基礎科学科で培った経験は、知的欲求にかられたアドベンチャーを続ける私には脈々と活きています。
振り返れば私は、いわゆる進振りの段階までに、漠然とした疑問をもっていました。ジャーナリストを目指していた一人の友人と食事をしていた時に、その友人は、政治学、社会学、哲学、宗教学、統計学などを学び、それらから自分なりのジャーナリズムの何たるかを構築してゆきたいと語り、そこで私の疑問が明確になりました。それは、研究者という職業を選択肢の一つと考えている自分にとって、量子力学、統計力学、有機化学、無機化学、細胞生物学などの講義を学ぶだけで、「自分なりの新しい学問」を構築できるだろうか、というものでした。この疑問をもった私は、細胞生物学と統計力学をつなぐ講義や、有機合成化学と量子力学をまたぐ実験実習など、基礎科学科の講義や学生実験、そして卒業研究を通じて、幸いにも答えの糸口を見出すことができました。それが、有機合成化学というアプローチで生命の起源にもせまる「生命らしい」物質を合成することができるのか、という研究テーマであり、基礎科学科を卒業し大学院(総合文化研究科)で博士学位を取得した後も今なお、私はこのテーマに挑戦し、教科書にないアドベンチャーを続けています。
理学部や工学部でも、皆さんの知的欲求-例えば、真理を追究したい、人の役に立つものを創りたい-は満たされるでしょう。しかし、そうした学問的探究活動の根本は従来からあまり変わっていないようです。実は、科学技術の最前線に目を向けると、教科書に書いてある内容でさえ変化し更新され、新しい学問体系が構築されています。産業界でも、皆さんが会社に就職してから退職するまでの約40年間でさえ、一つの事業や製品にとらわれることなく、変動する社会に伴って日々進化しています。そのようにダイナミックな学問体系を現在まさに構築している研究者である先生方が集い、今後も多様に変化しうる社会のニーズへ自然科学の広い視野をもって活躍してゆく友人達が集結している学科、それが、基礎科学科から続く統合自然科学科の真の姿だと確信しています。
分野にとらわれない知的欲求と各分野のバックグラウンドとをもった基礎科学科の先輩、同期、後輩とは、基礎科学科に在籍していた当時も、卒業した後も変わらず、「なぜその研究は面白いのか」とよく語り合います。彼らとの語り合いがまさに、新しい学問体系を構築するアドベンチャーの原動力であり、基礎科学科の先生方は当時の我々の語り合いを見守ってくださっていたのだと、統合自然科学科の教員として働き始めて気づいた今日この頃です。