自身を見つけ,育てる

駒場の魅力は何でしょう.なかなか一言では言い表すのは難しいのですが,あえてキーワードを一つ挙げるとすると,その「多様性」ではないでしょうか.教養学部には前期課程から後期課程,そして大学院総合文化研究科と幅広い世代の学生が在籍し,また学問領域としても広範な分野を網羅しています. 私も実際に9年間の学生生活を駒場で過ごしましたが,こうした駒場の多様性の恩恵にあずかってきたと強く実感しています.

大学入学当初から物理学に興味を持っていたのですが,いわゆる王道の物理とは違ったことをしたいという天邪鬼な性格から前期課程は理科二類を選びました.その後,よく文科系の友人とつるんでいたのもあって,人文科学系の講義に数多く出てみましたが,いざ進振りの折になってみるとやはり物理学系の学科への進学を考える様になり,後期課程は基礎科学科 物性科学分科 (当時) へと進学しました. 意外に認識されていない様ですが,東京大学で数学に始まり物理・化学・生物と自然科学各分野を専門的に学べるのは統合自然科学科だけです.これが決め手でした.進路に迷っていた当時は,選択肢を狭めない選択,を心がけていました.一見消極的なフレーズにも聞こえますが,以下でも述べる様にこれが功を奏したと思います.

後期課程で様々な分野の講義に出てみて実感したのは,ある程度専門的な内容に突っ込んでいかないと,その分野の本当の面白さは体感出来ない,ということです.もちろんその意味では最先端が一番面白いのですが,本学科は先生方との距離が近く,例えば毎学期あるセミナーではそうした最先端の雰囲気を知る絶好の機会です.現在は理論物理学,中でも場の量子論と呼ばれる普遍的な手法の数理的基礎付け,およびその物性科学分野や,素粒子・原子核分野などへの応用を主たる研究テーマとしています.大学に入るまで数学・数理科学に対して苦手意識はありませんでしたが,特に積極的な感情もありませんでしたし,物性科学という分野に至っては大学に入ってから耳にしたもので,ひとえにこれらの分野への興味は後期課程での講義やセミナーを通じて養われたものです.この様に,自分のやりたいこと,は自ら体得していくものですが,駒場の多様な選択肢の中で興味を育むことが出来たことがその後の研究生活の確固たる礎になっています.

しばしば「あなたの専門は何ですか?」と聞かれます.物理の中でも物性分野の人からは素粒子の人,素粒子分野の人からは物性の人,とよく呼ばれます.あるいは物理ではなく数学の人,と称されることもありますし,一方で数学の人からは物理の人と呼ばれます.個人的にはただ一つの自然哲学を自分なりに追求しているだけなのですが,たまたま他の人とは違うことをやっている様に見えるのかもしれません.分野横断・異分野交流が取り沙汰されて久しいですが,discipline はあくまで人が勝手に決めているもので,そもそも分野間に境界は存在しない,という価値観を共有する雰囲気が駒場にはあります.一方で研究者として自身の研究を創り上げていくにはコアとなる専門性が不可欠ですし,それはもちろん研究者に限った話ではありません.確固たる専門性に依拠した思考様態を形成すること,それなしでは現代の様な情報過多社会を自立的に生き抜くことは出来ません.型を会得した人間がそれを破ることを「型破り」というのであって,型のない人間がそれをやろうとするのは,ただの「形無し」である,という言葉を耳にしますが,後期課程はこの型を醸成する上で重要なタイミングです.ぜひ駒場の多様な環境の中で自分だけの興味の種を見つけ出し,育て上げてみてください.