適応・分化・進化の1細胞計測・構成的生物学

若本 祐一准教授(統合生命科学コース)   研究室HP

  当研究室では、マイクロファブリケーションとイメージング技術を応用した「1細胞計測」と呼ばれる計測技術を基軸に、ストレス適応、細胞分化、進化などの可塑的現象の背景にある基本原理を探っています.1細胞計測とは、細胞周囲の環境や細胞間相互作用の条件を厳密に制御し、未知の要因をできるだけ排除した理想的な環境下で、細胞の状態変化の詳細な情報を取得する計測手法です.物理学で「理想モデル」が様々な現象の本質的性質を明らかにするのに有用であったように、シンプルな状況下で生命現象を定量的に調べ、数理モデルと組み合わせながら、現象の背景にある原理を明らかにすることに主眼をおきます.記述的な生命の理解を超えて、量的情報に基づいた仮説検証が可能な生命科学の構築を目指します.

パーシスタンス現象と原始的な表現型適応
 バクテリアなどのクローン集団に抗生物質などの致死的なストレスを課すと、大多数の細胞がすみやかに殺される一方で、一部の細胞が非常に長い期間生き残る「パーシスタンス」という現象が65年以上前に発見されています.この現象で興味深いのは、生き残る細胞が、遺伝型の変化したいわゆる「耐性菌」ではなく、死んでいった他の細胞と同じ遺伝型をもつという点です.つまり遺伝子変異なしに一部の細胞が致死的な環境を生き抜くことができます.さらに興味深いのは、この現象が一部のバクテリア種やストレスに対してだけ見られるわけではなく、一般的に起こるという点です。同じ遺伝情報をもち、同じ環境に置かれながら、一部の細胞が、表現型的な耐性を示しながらストレス環境を生き抜くことができる.それを可能にする細胞システムの一般的な特性を明らかにしたいと考えています.  この研究を行うために我々は、いわゆる「マイクロ流体デバイス」と呼ばれる新たな計測装置を作製しました。これを利用した1細胞計測により、これまでの生物実験手法では知ることのできなかった、ストレス環境下における個々の細胞のストレス応答の詳細を計測できるようにしました(動画1).
 

動画1. マイクロ流体デバイス中で抗生物質投与を受ける大腸菌の様子.
一部の細胞が抗生物質投与下で長期間生き残る様子が観察される.

   得られた実験結果から我々は、細胞内で普遍的に観察される「遺伝子発現のゆらぎ」がパーシスタンスを引き起こしているのではないかと考えています.この適応原理を「原始的表現型適応」と呼び、適応モデルの数理的な解析と実験検証を並行して進めています. 

幹細胞の分化応答性
 幹細胞は様々な種類の細胞に分化することができますが、その分化の方向やタイミングは、周囲の環境に存在する分化誘導シグナルの影響を強く受けます.しかしながらこれらのシグナルは、特に生体内では非常に不安定で大きな誤差をもつと考えられ、安定に分化を行うためには、細胞内に何らかのノイズレンダリング機構が存在するか、細胞集団レベルでの相互作用を通じた安定化機構があるのではないかと考えられます.不安定な情報に駆動される幹細胞の分化応答特性の詳細を明らかにするため、マウスES細胞をモデル実験系として、実験者側から完全既知の環境条件下で、ES細胞に起こる分化応答を1細胞レベルで定量測定する研究を行っています(動画2).

動画2. 分散状態で培養されたマウスES細胞の様子.
途中で細胞分裂が起こり増殖する様子が見える

非平衡条件下でのベシクルダイナミクス
 両親媒性分子から成るベシクルは、外部と隔てられた内水相を持つという特徴から人工細胞モデルとして注目されています.当研究室では、シンプルな還流系を用いて、従来の実験では難しかった、常に「供給」と「排出」が起こるより生命に近い非平衡状態下でベシクルの挙動を長時間観察する研究を進めています.ベシクルは外部からの刺激に応じて多様な形態変化を示しますが、その中には生体膜が示す挙動に似たものもあります(動画3).
 
 

動画3. POPC、POPG、コレステロールによって構成されたリポソームのBirthing挙動.
形態変化の途中で内部から新たなリポソームが外部に放出される

自己増殖や環境適応、恒常性などを支える基本原理を、シンプルな細胞モデルであるベシクルの利点をフルに活かしながら探っています.